2025年8月、女子アマチュア界を牽引してきた鈴木愛佳子選手の「選手生活終了」というニュース。メディアを踊る「引退」という二文字を見て、私はふと考え込んでしまいました。「プロではない私たちアマチュアに、果たして引退など存在するのだろうか?」と。100切りを目指して試行錯誤を続ける一人のゴルファーとして、このテーマはゴルフというスポーツの本質を突いているように感じます。
プロの「幕引き」と、アマチュアの「卒業」
プロにとっての引退は、スポンサー契約や賞金といった「職業としての責任」を終えることです。 一方で、私たちアマチュアは、誰に強制されることもなく、自らの意思でクラブを握ります。
ある日を境に競技会へ出なくなったとしても、それは「引退」ではありません。むしろ、ボビー・ジョーンズが語ったように、競技という厳しい世界からの「卒業」と呼ぶのがふさわしい気がします。
中部銀次郎が教えてくれた「アマチュアの潔さ」
私がバイブルとしている中部銀次郎さんの言葉に、こんな一節があります。 「ゴルフは一生続ける。アマチュアに引退はない」 彼は「もう競技ゴルフには出ない」と決め、実際にその通りにしましたが、ゴルフそのものをやめることはありませんでした。
「競技はやめても、ゴルフは続ける」。 この一線を引く潔さこそが、アマチュアリズムの極致ではないでしょうか。私も日々100切りに悩み、時には壁にぶつかりますが、そのプロセス自体が人生を豊かにしてくれる「生涯の趣味」であることを忘れないようにしています。
体力の変化は「プレースタイルの進化」である
加齢や仕事の忙しさで、かつてのような飛距離や練習量が確保できなくなる時期は必ず来ます。しかし、それを「衰えによる引退」と捉えるのは寂しすぎます。
アマチュアゴルファーは筋肉や関節の変化に合わせてプレースタイルを最適化(アップデート)していくことこそ、大人のゴルフの楽しみだと感じています。
無理をせず、今の自分に最適な道具を選び、今の自分にできる最高のショットを追求する。これに終わりはありません。
結論──アマに引退なし
「アマチュアに引退はない」。
この言葉は、ゴルフが単なる競技ではなく、人生そのものに寄り添うものであることを教えてくれます。 競技の舞台を降りても、早朝のコースの空気、仲間との談笑、そして時折訪れる「会心の一打」の感触は、生涯私たちのものです。
アマチュアにとってゴルフは「やめる」ものではなく、形を変えながら、より深く「味わっていく」もの。だからこそ、私たちは今日もまた練習場へ向かうのでしょう。
アマチュアにとっての「区切り」とは
アマチュアゴルファーにとっての大切な視点は、「引退」という終止符ではなく、「区切り」をどうつけるか、ということです。 仕事や家庭の事情、体力の変化によって競技から離れることはあっても、それはあくまで生活や環境に応じた調整です。 クラブを置くわけではなく、プレースタイルを変えたり、ラウンド頻度を減らしたりすることで、ゴルフとの関わりを続けることができます。
